2. 近代の宗教研究 (1):宗教を人類に普遍的なものとみる視点
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c7/Golden_bough.jpg/320px-Golden_bough.jpg
資料確定:2025-10-06 23:55
その後の小さい修正:2025-10-07 12:30
今回のあらすじ
当時のヨーロッパから見た、異なる文化、異なる時代
「未開」にみえるものがある。
「未開」とヨーロッパ自身の社会の関係を歴史と〈進化〉で理解しようとする。
人間は普遍的であるが、歴史的展開過程(≓進化)の段階が異なる、として理解する。
目次
2.1. 「宗教」に関する学問のはじまり:異なる〈他者〉に対する視線
2.2. 未知の文化の解読:近代宗教学成立の前提
2.2.1. 異文化・異言語の解読
2.2.2. オリエント・ルネサンス
2.2.3. 先史の発見
2.2.4. ダーウィンの進化論:種の生成はさまざまな偶然の連鎖である
2.3. 言語研究と宗教学:ミュラーを中心に
2.3.1. フリードリッヒ・マックス・ミュラー(1823-1900)
2.3.2. エドワード・B・タイラー(後述)
2.3.3. マシュー・アーノルド(1822-88)
2.4. 「未開」のとらえ方と宗教の歴史的展開:タイラー
2.4.1.(タイラーまでの道程) 「未開」というとらえ方
①未開民族をめぐる論争 原初の状態なのか、退行なのか
②高次文明に対する未開文化の優位
2.4.2. E.B.タイラーと〈原始文化〉
① E.B.タイラーのオックスフォードへの道のり
② 文明社会と未開社会の比較
③ タイラーが「文明」ではなく「文化」と呼ぶ意味
④ タイラーの霊魂観念と反唯物論
⑤ 文明社会における非合理性
2.4.3. 現代における「アニミズム」観念の可能性
2.5. 民俗から宗教のはじまりと展開を考える:フレイザー
2.5.1. 民俗から古代宗教への視線:フレイザー以前
2.5.2. ジェームズ・ジョージ・フレイザー
① フレイザーの生涯
② 『金枝篇』:古代ローマの金枝伝説
② - 1. 概要
② - 2. 主要な論点
③ フレイザーによる研究の意義 
④ フレイザーの学問的前提と批判
2.1. 「宗教」に関する学問のはじまり :異なる〈他者〉に対する視線
〈他者〉
ここでは、〈自分たち〉と異なるものを抽象的に指すことばとして用いる。
〈自分たち〉と〈他者〉は同時に成立するという考え方がある。
近代宗教学は西洋起源である。
19世紀型神話学:進化論的・歴史主義的パラダイム
「神話は人間がまだ現在のような科学を知る以前の進化の段階の産物であり、過去の産物、古代の産物であるとされる。つまり神話は人類に普遍的だが、それは人類進化のある特定の段階にのみ認められる。いわゆる「未開」人が現在でも神話を信じているのは、かれらが進化において遅れた段階にあるためということになる。こうした立場からは、神話は人類の過去の精神状態を知るための資料とされる。」(松村一男『神話学講義』p.20)
2.2. 未知の文化の解読:近代宗教学成立の前提
2.2.1. 異文化・異言語の解読(キッペンベルク『宗教史の発見』pp.38-39)
以下、この項目の人名は必ずしも覚える必要はない。
1771年、アンクティル=デュペロン(フランス):ゾロアスター教の聖典『アヴェスタ』の翻訳
1793年、シルヴェストル・ド・サシ:ササン朝ペルシア期の文書翻訳
1801年、アンクティル=デュペロン:インドの『ウパニシャッド』[古代インドの神秘的な哲学説を記した文献群][コトバンク]の翻訳
1822年、 ジャン・フランソワ・シャンポリオンによる古代エジプト聖刻文字(ヒエログリフ)の解読
1833年 フランツ・ボップによるサンスクリット語、ゼント・アヴェスタ語、ギリシア語、ラテン語、リトアニア語、ゴート語、ドイツ語の比較文法
1847年、ヘンリー・C・ローリンソンによるビーシトゥーン(ベヒストゥーン)の古代ペルシア語および古代バビロニア語の翻訳
2.2.2. オリエント・ルネサンス
オリエント世界の発見
文献学:19世紀における古代文字の解読(前掲 2.2.1.)
考古学:19世紀中葉ごろからの遺跡の発掘調査
2.2.3. 先史の発見
考古学的調査の進展により、聖書の年代学と新出資料の間に齟齬が生じるようになる。
1858年、ブリクシャム洞穴の調査(ロンドンの地質学協会による買い取り)
聖書による世界史モデル(キッペンベルク『宗教史の発見』pp.48-49。興味があれば、岡崎勝世『聖書vs.世界史—キリスト教的歴史観とは何か』も参照してほしい)
2.2.4. ダーウィンの進化論:種の生成はさまざまな偶然の連鎖である
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8b/Hw-darwin.jpg
チャールズ・ダーウィン(Darwin, Charles Robert )
自然選択(自然淘汰)説:自然淘汰説とは - コトバンク
「生物は原則として多産性で,そのために起こる生存競争の結果,環境により適応した変異個体が生存し,その変異を子孫に伝える。このため生物は次第に環境に適応した方向に向かって進化するという考え。」
進歩を自然法則とみなす別のモデル
エルンスト・ヘッケル:
「個体発生は系統発生を短縮して繰り返す」:生物発生原則として
ハーバート・スペンサー:社会ダーウィニズム
スペンサー(Herbert Spencer) | 日本大百科全書
その基本概念としての進化evolutionとは、物質の結集integrationすなわち連関coherenceの増大であり、「無規定な連関なき同質性」indefinite, incoherent homogeneityから「規定的な連関ある異質性」definite, coherent heterogeneityへと進化するということであり、彼は、進化の法則によって、生物、天体、社会などのすべてを総合的に理解しようとした。
2.3. 言語研究と宗教学:ミュラーを中心に
2.3.1. フリードリッヒ・マックス・ミュラー (1823-1900)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a6/Friedrich_Max_M%C3%BCller_by_Bassano_1883.jpg
Friedrich Max Müller
人物の概略:Max Müller, Friedrich (1823 - 1900)
ミュラーによる宗教の定義:「無限なるものをとらえる能力」
文献の解釈・解読の後を受けて、社会から記述・分類・解説が求められる。
ミュラーの関心:歴史を研究することで、宗教の始源を探ろうとした(キッペンベルク『宗教史の発見』p.57、参照)。
〈言語が世界像を生み出す〉と考えた:その理由
〈あらゆる外的条件に依存せずに世界像を形成する能力は、すべての人間に共通し存在している〉という認識
「言語比較」の有益性は、言語解読の分野ですでに実証ずみだった。
先史時代の歴史的関連の解明にも貢献(例えば、インド・ヨーロッパ語族の発見)。
ミュラーは比較文献学のなかに、宗教研究の雛型を見出した。
ミュラーにとって、動物の世界と人間の世界を根本的・最終的にわけへだてているのは言語だった。
◎ミュラーは、言語は、原理的に見ても歴史的に見ても、事物に関する観念を表現しており、事物を単に指示しているのではない、と考えた。
→人類が原始時代に持っていた世界像へと導いてくれる可能性が最も高いのは言語である。
神話と言語:諸言語の成立→神話的思考の成立→国家の形成の順序で展開する
インド・ヨーロッパ語族の神々は、太陽、曙、天、その他の自然現象を指示するものであった。
かつて、ある単語の語源的意味が、初期の言語形成者によってある物の最も顕著な特性、ある新たな観念の最も重要なしるしであると考えられていたものを表現していた時代が存在した。
人間は歴史の道程においてこうした単語の起源を忘却してしまい、単語と感覚的現実との関連を放擲してしまった。
人間は言語によって誤った道へと導かれ、自然のなかの出来事を性別を有した人物として想像し、こうした人物に関する物語を語りはじめるようになった。(堕落としての神話)
神話を重層的な層(同音同形異義などに注目)に分解することにより、時代的に新しい層の下部により古い層を、さらには始源の層を露呈させた。
その際、神話的物語に現れてくる名称の原義が鍵である。
明らかになった(とされた)のは、普遍的な人間の能力、「真正なる宗教」。
太古の神の名称から諸宗教の原初期なるものを導出し、その時期に神的な存在は人間の精神に向けて自らを純粋な形で「啓示していた」と考える。
宗教の真正なる状態には、アーリア的宗教(自然のなかの神を崇拝すること)とセム的宗教(歴史のなかの神を崇拝すること)の二種がある。その違いは言語に起因する。
比較の重要性:“He who knows one, knows none.”「一つの宗教しか知らない人は、およそ宗教なるものを知らない。」(一つの宗教しか知らない人は、どの宗教も知らない。)→比較宗教、比較宗教学へ
ゲーテの「外国語を知らないものは、自分の国語についても何も知らない。」(高橋健二編訳『ゲーテ格言集』新潮文庫、1952年、p.111)という言葉をふまえたもの。
ミュラーへの反応
ミュラーは太陽の動きとの関連で、無数の神話を説明しようとした。
アンドリュー・ラングらによる批判。
コルネリス・ペトルス・ティーレ(1830-1902)によるミュラーの継承
諸宗教には発展がある。発展すればするほど言語と民族性からは独立したものになっていく。
宗教史における「段階」と「方向」を区別(キッペンベルク『宗教史の発見』p.78)
自然宗教という段階の後には、倫理的宗教という段階が続く。この段階から、諸宗教は異なった方向へ向かって進んでいった。インド・ヨーロッパ民族とセム民族は、神々と人間との間の関係について異なった観念を形成していったという。
ティーレは、インド・ヨーロッパ語族にもセム語族にも、宗教史のなかの同等で互いに競争しあう観念が働いており、発展のなかでいずれが重視されるかによって、異なる方向へ向かうと考えた。
(参考)ティーレの宗教分類
2.3.2. エドワード・B・タイラー
→(後述)
2.4. 「未開」のとらえ方と宗教の歴史的展開:タイラー
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Edward Burnett Tylor
タイラー
2.4.1.(タイラーまでの道程) 「未開」というとらえ方
①未開民族をめぐる論争 原初の状態なのか、退行なのか
(『宗教史の発見』pp.80-82)
18世紀:「善良な自然」
シャルル・ド・ブロス
〈フェティシズムが宗教の発達のはじめに生じた宗教形式である〉1760年
未開人の宗教が西洋人の期待(想定)していた宗教像とは一致していないことを示す実例のひとつ。
19世紀前半:「自然民族」の宗教に関する判断:〈われわれの眼前にあるのは、原始の自然のままの宗教ではなく、後に生じた衰退の産物である〉(p.81)
〈部族宗教をキリスト教に置き換えようとするキリスト教宣教師の努力が水泡に帰す、ということが、あまりにも多かった〉→〈先住民はその自然状態にあっては、教化することができないという結論〉、〈先住民は、外的な援助があった場合のみ、よりよい状態への発展が可能〉
「従属理論」との類似(pp.81-82)
②高次文明に対する未開文化の優位
(pp.82-84)
ジョン・ラボック:退歩の仮説を批判し、未開社会の発展という観点を擁護
E. B. タイラー:部族社会に人類史の初期状態を見る。
新たなコンセンサス〈非ヨーロッパ圏の社会は人類史の始源を表しているのであって、高次文明が何らかの形で残った残骸ではない〉
古代における高次の文化の代わりに、非ヨーロッパ諸民族タイプの未開社会が歴史の始源に位置づけられ、人類の原初状態に関する基準を提供する。
[自らの社会が]その基本構造を直接的には明示できないほど…複雑化してしまっていたので、あまり発達していない社会との比較によってその構造を認識できる。…「原始的・未開的(primitive)」という概念の使用
未開 barbarism[英]
「社会発展段階説で野蛮に続く第2段階をさす概念。19世紀半ば以降進化論の影響を受けて使われた。ファーガスンは家畜等の私有財産が成立し、戦争の中で貴族層が形成されつつも、国家と法律が存在しない段階を未開とし、モーガンは未開社会開始を鉄器成立に置き、そこでの氏族制の解体、私有財産と父権的一夫一婦制の確立が国家・法・文明を生み出すとする。段階説は文明以前の人間の公共性と共同性、勇敢さと無私性を明らかにすることにより、国家と文明を相対化し、その醜悪さを指摘する役割も果たした。(宮地正人)」(『角川世界史辞典』)
「未開」:〈退歩の主張に対して、これらの民族の生活形態の原初性を表すために用いられた〉、〈劣等性を含意することなく、そのように特徴づけられた諸民族に連綿と続いてきた人類の生活様式の諸構造の始源に位置することを表現するものであった。〉
「原始人に残滓を見るべきなのか、それとも人間の起源の表象を見るべきなのか。もし彼ら〔の生活形態〕が、没落した高次文明の残滓であるとすれば、彼らには比較的わずかな価値しかない。しかし、彼らが……比較的原始的段階のままの人間の思考を表しているとすれば、きわめて実践的な興味を惹く。低次の人種の粗雑なアニミズムを理解し、また、それが何世紀もの間、どのように変化し、進歩した認識に適応してきたかを跡づけることは、哲学と神学の歴史的立場だけでなく、その今日的立場をも完全に理解するために欠かすことができない。(タイラー)」
タイラーにとっての未開社会の重要性は〈人類の文明の始源を表しているかどうか〉による。
2.4.2. E.B.タイラーと〈原始文化〉
① E.B.タイラーのオックスフォードへの道のり
エドワード・バーネット・タイラー Edward Burnett Tylor 1832〜1917
イギリスの文化人類学の創設者。
自らの学問を人間の学と規定し、文化の総合的定義をはじめて行った。
ロンドンのクェーカー教徒の家に生まれる。
信仰上の理由で大学に進めず、家業の真鍮鋳造業の経営に従事する。
23歳で結核になり、健康回復のためにアメリカ旅行に出かける。
モンロー宣言の後。開拓を進める。南北戦争の前。テキサス併合(1845)、カリフォルニア割譲(1848)
この旅行中に、キューバのハバナで熱心な考古研究家で実業家の英国人Henry Christyと運命的に出会い、メキシコ旅行をともにすることになった。
この旅行によってメキシコの古代史、民俗慣行にひかれ、そこの人々の日常の具体的な生活に強い印象を受けた。この旅行がタイラーの生涯の方向を決める。
メキシコ旅行を本にまとめる。
人類学的研究に入る。
1871年、それまでに著した自らの論文を主著『原始文化』にまとめた。
オックスフォード大学の初代人類学教授になる。
タイラーの基本的な考え方:〈諸民族の宗教は人類の根源的な自然宗教の貴重な証言であるはずだ〉
② 文明社会と未開社会の比較
タイラーは——確立された図式に従って——、野生段階(狩猟採集)と野蛮段階(畜産農耕)と文明段階という社会組織の三つの進歩上の段階を想定した。〉
野生段階 savagery: 狩猟採集
野蛮段階 barbarism: 畜産農耕
文明段階 civilization
〈…ヨーロッパの現在を発展の目標と考えると、すべての民族が同じように進歩しているわけではないことになる…〉
〈ヨーロッパ以外の諸民族はいまだに初期の段階にあり、文明化した諸民族の初期の歴史の証人として召還され〉うる。
〈われわれは小さな子どもだったとき、後年もはや〉必要ではなくなって、〈失われてしまったような諸観念のなかでものを考えていた。
「無意識」の登場(19世紀の半ば)
カール・グスタフ・カールス「したがって、以前に意識されていたものが、いまや無意識的なものであるが、それでもこの無意識的なものがわれわれの現在の意識の基盤である」(1846年)
この失われた歴史を解明するために、タイラーは比較という方法を利用。
「残存」というとらえ方
「残存」の定義:「出来事、習慣、見解等が、その本来の故郷である社会とは異なるという新たな段階へと、慣習の力により移された〔場合、そのような出来事、習慣、見解等が残存である〕。
古い慣習のゆくえの3タイプ
1. 「廃止」
2. 「残存(survival)」…「現存の未開社会に色濃くみられる死霊・生霊・事物の霊とのかかわりが、ヨーロッパ文明社会の非都市部(田舎)に残っているとする進化論」
3. 「再生」←現代都市社会での降霊などの流行(e.g. spiritualism・心霊主義)
社会が実際に一連の諸段階をたどってきたかどうかを認識するためには、残存を見つけることが必要。
③ タイラーが「文明」ではなく「文化」と呼ぶ意味
タイラーにとっての「文化」…社会的・経済的な組織の諸段階よりも、人間の主観的諸能力と関係があるもの
タイラーは、発展の過程における人間の本性の変化を想定しなかった。
タイラーは、多数の報告を基盤として、初期の社会の人間の行動や見方を再構成した。
ミュラーと同じく、進歩した文明が偏屈なタイプのブルジョワ文化を生み出すことを確信。
アニミズム
あらゆるものに、人格的な性質を持つ霊魂や精霊が内在しているという考え方や信仰、世界観。
タイラーは擬人観を神話の基本原理と考えた。
アニマ(ラテン語で「魂」)+イズム
島薗進による解説
「タイラーによれば,原始人は死や夢の経験から推論して、まず人間の霊魂という観念を導き出しただろうという。すなわち、人間のなかには肉体とは別に自然法則を超えた存在があり、それが生命の元になっている、という観念である。次いでこの観念は人間以外の存在にも適用され、動物やその他の存在にも精霊が宿っていると考えるに至ったのだ、という。こうして唯物論に対して、物質と霊的存在の両者を認める哲学が成立する。これが宗教の起源である。このアニミズムが土台となって、多神教が,さらに一神教が発展してくる。しかしそうした思考の発展にもかかわらず、アニミズムは後々まで存続していく。(島薗進「アニミズム」『新社会学辞典』有斐閣、1993年)
関一敏「アニミズム」(『宗教人類学入門』)による解説
「アニマ」「アニミズム」:17世紀の化学者の語彙をかりたもの
スピリットの信仰であるのにスピリチュアリズムとよばないのは…19世紀後半には、すでに「スピリチュアリズム」(心霊主義、心霊研究)とよばれる運動体があった(米・英)
「フェティシズム」という名称の拒否:「フェティシズム」という呼び方は、「部族宗教は非理性的である」という判断と結びついていたから。
タイラーの次善策:アニミズムの名を採用
「野蛮な哲学者たち」の直面した2つの大きな謎:死者と生者のちがい、夢や幻
「身体に深く根をおろしながら同時にそこから遊離できる「魂(soul)」という存在を導き出して説明
「…タイラーの功績はアニミズムという言葉を用いながら彼の時代に支配的だったキリスト教的な宗教概念を拡張し、人類的な規模での宗教の比較研究を試みたところにある。」(山下晋司)
宗教の定義:宗教は「霊的存在への信仰」である。
マレットによる批判、「プレアニミズム(アニマティズム)」の提唱
マレットはタイラーの弟子。
万物は〈生きている〉ととらえる活力・生命力についての観念・信念。
物が生きているとの観念は、物に霊魂や精霊が宿るとの観念よりも素朴であり原初的である、とする。
根拠として、メラネシア・ポリネシアのマナの観念
マナは神秘力で、これが槍に含まれれば、戦士は敵を倒せるし、ある人がマナをもてば、彼の豚が増える。
アニミズムは物に宿る存在を強調したのに対して、アニマティズムは物のもつ力・作用を重視した。
④ タイラーの霊魂観念と反唯物論
霊魂観念にすべての原始的説明の根拠がある。
魂の観念は、夢や病気や死のような現象を説明づけた。
「霊魂観念は、未開人が周知の現象から粗雑ながら理解しうる仕方で推論した結果である」
霊魂観念の発展過程
当初、魂は人間自身における、生命を付与する原理を表した。
やがて、動物や物体にも適用され、最終的に諸霊や神々の観念にまで拡張。
霊は外的自然の現象を説明するという課題を担うことになり、そこから神の観念が現れた。
のちに、さまざまな批判にさらされる。
唯物論=「人間精神が他のすべてのものと同じように自然法則の支配のもとに置かれている」という主張に対する批判
⑤ 文明社会における非合理性
「未開人種の諸宗教は、文明世界の理解し難い信仰や儀礼の説明を提供することができるが、しかし、その逆はない。したがって、本来的な神学的諸条件は、高次の諸民族よりもむしろ低次の部族の教えのなかに見出されなければならない。」
「残存」理論によって理解しうるもの:近代における合理性・日常性/非合理性・時代遅れとなった慣習の並存
古い慣習のゆくえ→前出「②文明社会と未開社会の比較」(2. 近代の宗教研究 (1):宗教を人類に普遍的なものとみる視点#66faa01b06fc7f0000c51a02)
(参考)2.4.3. 現代における「アニミズム」観念の可能性:発展的内容なので、授業では扱わない。
関一敏「アニミズム」による。
ギアツの「常識」論:常識そのものではなく、そこから離床し分化した、あるいは外来のシステム的な制度(科学、宗教、芸術)とのかかわり方に常識の輪郭をもとめ、土地土地によって異なる、そのかかわり方の比較を提唱している。
古典的な用語では、「大伝統」(文字を軸)/「小伝統」(非文字知識の貯蔵庫)
現代人類学の「精神史的実験」 対象を実体的にとらえること(essentialism)からいかに自由になるか…アニミズムの場合、歴史的文脈ではなく、自然や環境へと文脈化されてきた…アニミズムが生活世界から離床しようのない次元にあるから
「なぜわれわれの目には雲のように人間の顔が見えるのか。なぜアニミズムは、まるで魂のあるもののように自然をとらえようとしてきたのか。それはたんに幼い擬人法ではなく、もっとも複雑な人間という表象によって、環境の豊かな可能性をよみとろうとしてきたからではないのか」(関一敏「アニミズム」における、Stewart E.Guthrie, Face in Cloudの引用)
(参考) "Animism" in Wikipedia
Stewart Guthrie saw animism—or "attribution" as he preferred it—as an evolutionary strategy to aid survival. He argued that both humans and other animal species view inanimate objects as potentially alive as a means of being constantly on guard against potential threats. His suggested explanation, however, did not deal with the question of why such a belief became central to the religion. In 2000, Guthrie suggested that the "most widespread" concept of animism was that it was the "attribution of spirits to natural phenomena such as stones and trees".
スチュワート・ガスリーは、アニミズム―あるいは彼が好んだ言い方で言えば「attribution(属性)」―を、生存を助けるための進化戦略だと考えた。彼は、人間も他の動物種も、潜在的な脅威に対して常に警戒する手段として、無生物を生きている可能性があると見なしていると主張した。しかし、彼が提案した説明は、なぜそのような信仰が宗教の中心となったのかという疑問には触れていない。2000年、ガスリーは、アニミズムの「最も広まった」概念は、「石や木などの自然現象に霊魂を帰属させること」であると示唆した。
2.5. 民俗から宗教のはじまりと展開を考える:フレイザー
2.5.1. 民俗から古代宗教への視線:フレイザー以前
グリム兄弟:日本では、グリム童話で知られるが、その背後にどのような学問的営為があっただろうか。
兄:ヤーコプ・ルートウィヒ・カール・グリム Jacob Ludwig Karl Grimm(1785-1863)…中世文学、言語分析
弟:ウィルヘルム・カール・グリム Wilhelm Karl Grimm(1786-1859)…考証的な文献学、文芸批判
言語学、民俗学の研究
「グリム・ドイツ語辞典」
ドイツ地方民の慣習に関する情報を可能な限り蒐集することによって、ドイツもしくはゲルマンの神話学を構築しようとする。
(兄)J. グリムの認識
(要点)
キリスト教以前に民族の神々やその礼拝があり、それは民族の伝承などと深く結びついていた。
神話の形に変転して現代に伝わる、と考えた。
具体的・詳細な説明は…
「キリスト教は民族宗教ではない。それは別のところから来て、古くからあり、この地が崇拝し、愛した土着の神々を追放しようとした。これらの神々とその礼拝は、民族の伝承、気質、習俗と深く結びついていた。彼らの名前は民族言語に発し、古くから聖なるものとされ、王や君主たちはその血統や由来を個々の神々に帰したのである。森と山と湖は、その身近で生命力あふれる祝福をもって彼らを受け容れた。だが、民族はそのすべてを放棄せざるをえなかった。それまでに誠実さまた忠実さとして称えられたものが、新しい信仰を伝える説教者たちによって罪や咎とみなされ、排撃された。聖なる教えの起源もその場もはるか彼方に永遠に遠ざけられ、派生的であまり力をもたないような教えだけが故郷の地に委ねられえたのである。(J・グリム)」(『宗教史の発見』p.128)
グリムは神話を自覚的な思考の産物としてではなく、言語と類比した、無意識の民族精神による詩的創作と理解する。しかし、彼は詩人の隠喩[メタファー]と民衆の神話を厳密に区別しなかった。
ウィルヘルム・マンハルト(1831-80)
世に認められなかった、ドイツの市井の研究者。
ヤーコプ・ルートウィヒ・カール・グリム『ドイツの神話』の結論を重視。
ここではじめて、諸国民にひとつの道が示された。それは、広い未知の海(mare incognitum)を越えて彼ら自身の少年時代の黄金の国へと導き、彼ら自身の記憶を遠い過去の時代へと遡らせることによって、彼らの生活と人格にひとつの威信を付与するような道である。驚く同時代人たちの眼前に古代ゲルマン宗教が姿を現したのである。」(マンハルトによる評価〈『宗教史の発見』p.127〉)
マンハルトは、教養層と民衆を区別することで、民衆の伝承のなかに初期の文化段階の残存を見出そうとした。
∵民衆は社会の上層部とは異なって、それほど歴史の変遷に左右されることはない。
同時代(19世紀後半)のドイツおよび周辺国で、収穫習俗に関する大規模な聞き取り調査を行った。
調査結果から、収穫習俗がゲルマン人の宗教祭儀の残存であることが証明されたと考えた。
穀物霊:祭儀の中心に、穀物霊の存在を見出した。
「作物の生育は動物の姿をまとった霊(中略)によって果たされる。収穫労働者が穀物を切り取れば、霊は畑から畑へと逃げ出し、ついには最後の麦束のなかに身を隠す。それゆえ、最後の麦束を断ち切ることは危険であり、殺害行為に等しい。それゆえ、収穫労働者は、畑の所有者から特別な報奨を受けるときにのみ、それを行う。穀物霊はこうして死ななければならなかった。植物のヌーメン〔霊〕はつねに新たな作物のなかに生き返るのである。」(『宗教史の発見』p.132)
ジェイムズ・ジョージ・フレイザーは肯定的に評価した(『金枝篇』初版、1890年、序言)。
百年後(1965年)の検証で否定的評価がなされた。(インゲボルグ・ウェーバー・ケラーマンによる)
2024/10/1 3限・7限はここまで。
☆2025-10-07はここまで。
2.5.2. ジェームズ・ジョージ・フレイザー
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7a/JamesGeorgeFrazer.jpg
① フレイザーの生涯
スコットランドの著名な商会の役員の家庭に生まれた。
会社経営者の道を進むべきが、学問の道へ(父の強いすすめ)
当初、ギリシャ語・ラテン語などを基礎にした古典学を目指していたが(最初の業績は、パウサニアス『ギリシア誌』の注釈付きの翻訳)、タイラー『原始文化』を読み、1884年にケンブリッジでロバートソン・スミス William Robertson Smith (1846-1894)に出会ったことが機縁で民俗学・人類学・神話学に向かう。
1914年、膨大な研究業績によってナイトの称号を叙された。
長年の目の酷使で晩年には盲目となった。
② 『金枝篇』:古代ローマの金枝伝説を比較宗教の文脈で解釈するために、世界の事例を博捜・分析する大著。
Joseph Mallord William Turner, The Golden Bough, 1834
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c7/Golden_bough.jpg
② - 1. 概要
全体の要約は、フレーザー著、メアリー・ダグラス監修『図説金枝篇』(東京書籍、1994年)や、佐々木宏幹「フレーザー『金枝篇』」『文化人類学の名著50』(中央公論新社)などを参照のこと。
出発点となる話:殺す王/殺される王(新しく祭司になる者は、前任者を殺さなければならない、というルールについて)
「古代、この森の風景は、繰り返される不思議な悲劇の現場であった。湖の北岸、現在のネミの村が位置する切り立った崖の真下に、ディアナ・ネモレンシスすなわち森のディアナの、聖なる木立と聖所があった。この湖と木立は、ときにアリキアの湖と木立と呼ばれた。だがアリキアの町(現在のラ・リッキア)〔現在の名はアリッチャ Ariccia〕は3マイル離れたアルバノの山の麓にあり、山腹の小さな噴火口のような窪みに横たわる湖からは、険しい勾配によって隔てられていた。この聖なる木立にはある種の木が生えており、その木の周りでは、昼日中、そしておそらくは夜中まで、奇妙な姿がうろついているのが目にされたことだろう。この男は抜き身の剣を手にし、いつ何時敵に襲われるかもしれないといった様子で、用心深くあたりを見回していた。彼は祭司であり殺人者であった。そして彼が探している男は、遅かれ早かれ彼を殺し、彼の代わりに祭司職に就くことだろう。これがこの聖所の掟であった。祭司職を志願する者は、現在の祭司を殺すことによってのみ、その職に就くことができる。そして殺してしまえば彼は、より強く狡猾な男に彼自身が殺されるときまで、その職に就いていることができる。」 (ちくま学芸文庫所収の初版本、pp.20-21)
「金枝篇」という書名のいわれ
「ネミの聖所の中には、枝を折ってはならないある種の木が生えていた。逃亡奴隷だけが、もし可能ならば、一本の枝を折ることが許されていた。この試みに成功すれば、祭司と決闘する権利が与えられ、もし彼が祭司を殺せば、代わりに彼が森の王(レクス・ネモレンシス)の称号を得、支配権を握った。伝説の主張するところによれば、この運命の枝は、アエネアス(トロイアの英雄)が黄泉の国への危険な旅に乗り出す前に、巫女の命により折り取った、黄金の枝であった。」(ちくま学芸文庫、p.22)
著作の動機
「この奇妙な掟は、古典古代のギリシア・ローマには比較すべきものがない。そのためそこからは説明することはできない。説明を見出そうと思えば、われわれはさらに野に踏み迷ってみなければならない。(中略)われわれがそれを説明したいと望むのも、この風習が持つ非常な野蛮さと残酷さのゆえである。というのも、人類の太古の歴史に関する最近の研究が明らかにしたのは、人間たちの精神には、幾多の表面的な違いこそあれ本質的な類似点があり、それによって人間たちは、最初の素朴な生の哲学を導き出したのだ、ということであったからだ。したがって、ネミの祭司職のような野蛮な風習がどこか他の場所にも存在していたことを示すことができれば—そのような慣例に至った動機が発見できれば—これらの動機が、人間の社会で、おそらくは普遍的と言えるほどに広く機能し、様々な環境下で、厳密には異なるものの概して似通っている、様々な制度を生み出していたと証明できれば—そして最後に、まさしくこれらの動機が、いくつかの派生的な慣例を伴いながら、古典古代のギリシア・ローマにおいて実際に作用していた、ということを示すことができれば、そのときわれわれは、はるか昔にも同じ動機がネミの祭司職を生み出したのだと、適切に推論を下すことができるだろう。」(ちくま学芸文庫、pp.21-22)
② - 2. 主要な論点
樹木崇拝
「かつて樹木崇拝は、ヨーロッパの先史アーリヤ人の宗教において重要な要素だったのであり、樹木を崇拝する儀礼や式典は、あらゆる地域に共通する卓越的な均一性を備えており、春は夏至の祝祭でヨーロッパの農民によって現在も行われている、もしくはつい最近まで行われていた儀式や式典と、本質的には異なっていない。」(ちくま学芸文庫、p.150)
(参考)動画(夏至祭の例):リトアニアの夏至祭(ヨハネス)ってどんなお祭り?
樹木霊はしばしば生きている人間によって表される。
その人間は樹木霊の化身とみなされ、土を肥やす力があるとみなされた。
未開民族のあいだでは、神が生きた人間の姿をとることは一般的である。
樹木霊の化身と信じられている生きた人間は、しばしば王と呼ばれる。
祭司王
呪術と宗教の(概念としての)区別の導入(『金枝篇』第二版、1900年、序文)
「人々の頂点に立つ王とは同時に神と人間を媒介する祭司でもあり、さらに神でも、呪術師でもあった。」(松村『神話学講義』p.83)
「またかれは別の箇所で、「高等な思惟への動きというものは、それを辿り得る限りにおいては、全体として、呪術から宗教を通して科学へ向かっていると結論せざるを得ないようである」(第69章「ネミよさらば」)と述べている。(松村『神話学講義』p.83)
フレイザーは〈人類は各地において呪術から宗教へ、宗教から科学へと三段階の知的発展をたどる〉と考えた。
…呪術の誤りに気づいたときに人間は宗教に身を投じ、時代が進んで宗教の解釈に不満を感じたとき人間は科学にいたる。
呪術から宗教へという進歩の過程は、種々の社会層によって速度が異なる。(『宗教史の発見』p.140)
「社会的変容の過程は空間と時間と社会層によって推移する」という理論モデルとして理解できる(『宗教史の発見』p.140)。
「王—祭司—呪術師が一体であった原始の時代とは、呪術→宗教→科学という進化の三段階のうち、呪術段階に相当する人類の原始時代と考えられているのだ。」(松村『神話学講義』p.83)
この呪術段階では、「共感呪術」が信じられていた(呪術の論理は、合理性ではなく、認知と情動が結びつく共感から成り立つ)。
共感呪術には、二つのタイプがある。
「...当時の心理学では人間は観念連合を用いて因果関係を推論していくと考えられたが、科学では観念連合が正しく適用されるのに対して、呪術では観念連合が誤って適用される。観念連合の誤適用には二つのタイプ がある。...」(島薗進「呪術・占いと宗教」『宗教学キーワード』p.222)
①類感呪術(模倣呪術):類似は類似を生じ、結果は原因に似る。
「前提となっているのは「自然とは個人的な媒介者が入ってくることなどない不変の秩序の中で生起する一連の出来事である、という自然観」」(ちくま学芸文庫、p.30)
「世界には霊的な力が浸透している、という世界観」と並ぶ別の概念(ちくま学芸文庫、p.30)
(例)わら人形にくぎ打ち。
(例)雨乞いのため、火をたいて黒煙を出し、雲をまねる。
②感染呪術(接触呪術):ひとたび接触し合ったものは、接触が解除された後も、離れながら相互に作用を及ぼし合う。
(例)「馬がくぎを踏んで足にけがをしたら、馬丁(馬の世話をする人)は傷を早くなおすために、そのくぎをとっておき、馬の傷が化膿しないように、とっておいたくぎをきれいに保ち、毎日そこに油を塗る。 」(波平編『文化人類学』のあげる例)
王と社会
王—祭司—呪術師が活力にあふれていれば、それが自然の運行に影響して自然の豊穣や社会の安定をもたらす。
王—祭司—呪術師の病気や老化が自然や社会の衰退や滅亡につながる。
→王—祭司—呪術師が老いたり病気になると、かれを殺害して活力にあふれた若者を新しい王に選ぶ風習があったのではないか、とフレイザーは推理。
神話と儀礼の対応関係
王殺しの儀礼があるなら、それと関係する神話もある、とフレイザーは考えた。
単純な呪術段階には、「神」は存在せず、そのため「神話」も存在しないはず。
フレイザーのいう神話の段階とは、呪術段階を脱しつつも、まだ一神教に代表される典型的な宗教段階にはいたっていないような、呪術段階と宗教段階の中間状態・移行期、らしい。
③ フレイザーによる研究の意義
進化・発展の段階を明らかにするために「比較法」を採用した。
…世界のあらゆる地域からできるだけ多くの資料を蒐集し、検討する。
自らの関心にそった質問を冊子にまとめ、宣教師・行政官・旅行家に配布。
これによって多くのフィールド・ワーカーと文通、必要とする情報を入手。
1. 呪術信仰のような一般的特徴を確定する。
2. 特殊な現象の起源と発展を見いだす。
3. 社会の発展段階を同定する。
心理学的類推
「呪術行為こそ彼らの安全と福利を保証するものと信じていた未開人のなかにあって、より鋭い知性の持ち主たちは、ある危機への対処において呪術では目的達成ができず、さりとて経験的手段でも有効でないことをみてとり、これらとは別に自分たちを助けうる霊的存在が存在するとの幻想におちこんだ。かくして宗教が生まれるが、時の経過とともに、鋭い知性の持ち主たちは、精霊もまた呪術同様偽りであることを自覚するにいたるが、この自覚こそ経験科学の夜明けを意味する。」
3つの方面への影響(松村『神話学講義』p.94-)
1. キリスト教批判
2. 「神話儀礼説」への刺激
3. 文学的な影響
④ フレイザーの学問的前提と批判
学問的前提
1. 人間精神は本質的に類似性を有する(「精神の類似性」タイラーも)
2. すべての社会は同一の発展段階をたどる
3. 発展は必然的に進歩と改善の方向に向かう
フレーザーに対する批判
事例解釈が恣意的である。
短絡的な呪術理論
呪術→宗教→科学という直線的な進化論的発想
「呪術の誤謬に気づいたとき人間は宗教に身を投じ、時代が進んで宗教の解釈に不満を感じたとき人間は科学にいたる」
この点について、ラドクリフ=ブラウン Alfred Radcliffe-Brown(1881-1955)は「もしも私が馬であったら」的類推にすぎないと揶揄した。
一人の人間の発達と人間社会の変化を簡単に結びつけてとらえている。
参考文献:→参考文献#68da9a410000000000c5297c